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教員という仕事の素晴らしさ、責任の重さ、選択の重要性、子供を思いやる気持ち、保護者との繋がり。

教員という仕事の素晴らしさ、責任の重さ、選択の重要性、子供を思いやる気持ち、保護者との繋がり。

ちょっと重たい話だがいいだろうか?
ちょっと長くなるかもしれん。

私は、自分のクラスの子を児相に通告した経験がある。

その子の親は躁鬱を繰り返し、鬱だとネグレクト、躁だと面倒見のいい親を繰り返していた。

学校としてもとてもいい時もあるので判断が難しかった。

だがある時、恐れていたうつ状態になってしまった。

途端に洗濯、食事、学校の準備が滞った。
でもまだこの位なら学校でカバーしようと周りの先生の協力を得ながらやっていた。

だがある日、子供がフラフラしながら登校し、教室で寝始めた。
明らかに異常だった。

午前中は保健室で休ませた。

午後になってやっと目が覚めたので話を聞いた。
それは驚愕の事実だった。

兄弟は朝にお腹が空いたと親に訴えた。
すると、お腹が空かなくなる薬だと行って錠剤を飲まされた。

眠剤だった。

もはや猶予は無くなった。
その日のうちに通告、保護となり、母親は警察に連行された。

だが、精神衰弱の行為として釈放、病院治療となった母親は、残念ながら自死を選んでしまった。

葬式の日、子供たちは泣いていた。「お母さん、帰ってきて。もっと遊びたいよ。」
母親の親族からは「お前のせいで死んだ。どうしてくれる。」となじられた。

私は自分のしたことに迷いはなかった。

だが辛かったな。

子供たちはどんなにネグレクトを受けても、いい状態の時の母親を知っていたからな。
だからその望みに賭けていた。
いつかまた一緒に暮らせる。

が、潰えてしまった。

私は、車で数時間離れた保護施設に、毎年誕生日プレゼントを渡しに行った。

できもしない慰めの為に。

毎年年賀状のやり取りもしていた。

が、ふと、「私が関わり続けることは、あの子らを辛い思い出に引き止めることになるのでは?」
と思った。

それから連絡を取るのをやめて数年経った。

その子から、昨年、突然手紙が届いた。

「先生、お久しぶりです。あの時は大変お世話になりました。
実は、私は今年大学に合格しました!先生と同じ教育学部です。
私は今までの人生で沢山の先生方にお世話になりました。
なので・・・。」

最後まで読むことができなかった。なんの感情かわからない涙が止まらなかったんだ。

教員という仕事の素晴らしさ、責任の重さ、選択の重要性、子供を思いやる気持ち、保護者との繋がり。

その全てが、息もできないほどの勢いで押し寄せてきた。

本当に自分がそれをできるのか?

だが、彼女が教員の道を選んだことは、誠に自分勝手だが私を許してくれたような気がしたんだ。

長くなったな。

教員の端くれだった頃の旧い話だ。
だが、紛れもなく私の人生の大事な一部だ。

人との関わりなくして人生はない。

だから私はこれからも人との関わりを大事にしていく。

最後までありがとうな😊

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